ありふれた奇跡。それが日常だったのかな…。奇跡の連続が…。

奇跡という日常伝えたいこと

奇跡って、辞書などで引かなくても(調べなくても)誰もが当たり前に使っている言葉だと思います。でも、その奇跡っていう事象・事柄の連続が毎日毎日その都度その都度に起こっていて、その積み重ねが日常なのかな。って…。

辞書やWikipediaなどで調べたりすると一応以下のような書き方がされています。

  • (奇蹟、きせき、英: miracle)は、人間の力や自然法則を超え、神など超自然のものとされるできごと。(Wikipediaより)
  • 常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象。(goo日本語辞書より)

そんな説明のつかない「奇跡」という言葉に魅力を感じたりロマン(浪漫)感じたり…。

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常識では起こり得ない。とか自然法則を超えとか。ありますが、でも、それが毎日毎時間毎秒起こっている。そして、その奇跡が積み重なっているのが日常なのかなって…。

だって、日常って当たり前だと思っていましたが当たり前じゃないもん。

日常があって非日常があるものかもしれないけれど、それは現代社会を生きていく中で自ら選んで旅行などに行ったりしての非日常(いつもと違う生活など)を楽しむものであって…。

その非日常もひっくるめて日常と…。

1年以上も新型コロナウイルス騒動(パンデミック?)に世界的に見舞われて、当たり前が何なのか。日常ってなんなのか。そんなことを考えたり、ニューノーマルとかいう言葉さえも言われるようになって、日常っていったい何なんだろうって…。

この1秒間生きている。そして、日常が送れている。そんなことがすべて奇跡なんじゃないかなって。そして、その積み重ねが日常で日常を終えた時、生物は物質として死するのかな。

奇跡って、宗教的な言葉としても辞書には説明としてあります。

でも、宗教とか何も関係なく奇跡って日常にありふれているもので、それに気づかないだけで…。

いまだに人間はなぜ生きているのか。とか人間はどこからやってきたのか。とか生命の根源は。とか議論されているのが証拠なのかなって…。

そんなありふれた奇跡がある日常に、日常というありふれた奇跡に、ただただ気づかないだけ。

すべてが奇跡の連続なのかなぁ・・・。

なんかありふれた奇跡って映画かなんかでタイトルとしてあったような気がするけれど、全く関係ないです。

 

ふと思ったこと・・・。

ただ、いろいろな意味で「受け入れる」って難しいですよね・・・。

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ニューノーマル(New Normal)とかも、時間が経てばそれがノーマル(Normal)になって、また何かあった時には、再度ニューノーマル(New Normal)になって・・・。

そんな繰り返しなのかなぁ・・・。

それにしても、1年以上も経っているのにまだ新型なのですね・・・。

また新しいのが発見されたり出てきたらなんて言うのでしょう。

 

最後にもう一度、

そんな説明のつかない「奇跡」という言葉に魅力を感じたりロマン(浪漫)感じたりして生きていく…。

  • 出逢いとさようなら。(出合いと別れ)。
  • 日常と非日常。ノーマル(Normal)とニューノーマル(New Normal)。

そんな繰り返しの中で・・・。

生命の神秘。生命の奇跡・・・。

いつまでも奇跡がありますように。ずっと、奇跡がありますように…。

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